AIと人間のバランス
先日ヴィーガンの方から、「工藤さんはAI使っていますか?周りに使わない人も多くて...」という質問を受けました。
普段、起業家やIT界隈の友人と関わることが多いため、「AIをどう使うか?」という話はすれど、正直「AIを使うか、使わないか?」は話題に上がったこともなかったので、新鮮なものでした。
そこで、このブログに現時点のAIへのスタンスを示してみようと思います。
おそらく、同時に人間が担う役割についても、輪郭がはっきりすると思うので、「AIと人間のバランス」の話になるはずです。
書くこと
AIへのスタンス
人間の担う役割
AIと人間のバランス
(オマケ:AIを使うかどうか)
AIへのスタンス
基本的に、めちゃくちゃ使っています。
Chat GPTもClaudeも課金して、個人的な活用はもちろん、会社として社員・経営メンバーには活用を強く推奨しています。
例えば、今僕が開いているブログの執筆画面も、皆さんが見ている記事画面も、Claude codeで作成しています。
AIがアウトプットしたからこれでok?
しかし、「お客様へのインターフェースをAIに一任する」ことには反対です。というか、そのようにアウトプットされたものを見ると、どこか寂しさや悲しさみたいなものがあります。
自分でもまだ説明できない感情ですが、友人として話していたはずなのに営業マニュアルを読み上げられていたと気づいた瞬間のような、
美味しいカレー屋さんで満足していたのに、キッチンにスーパーのレトルトカレーのパッケージが見えてしまった時のような、そんな感覚な気がします。
実際に、「AIで生成したと分かった場合、その重要度が下がる」という話もあるようで、まさにその心理が働いているのだと思います。
SNSに溢れるAIが生成した文章や画像に疲れているのかもしれません。
基本的に、細かい指示や何度かフィードバックを送らなければ、クオリティの高いアウトプットは出ないため、一度の指示で「AIがアウトプットしたからこれでOK」というスタンスに抵抗感があります。
このフィードバックをするための基本知識がない場合、まだ品質の高いアウトプットを出すのは難しいんだろうなと感じます。(おそらくこれも、AIの能力が上がれば解決されるので時間の問題のような気もしますが)
業務の自動化・効率化にフル活用
一方で、最も推奨するのは業務の自動化と効率化への活用です。
簡単な例で言うと、このブログの誤字脱字のチェックも昔は人間が読む必要がありましたが、今では「誤字脱字ないかチェックして」と言えば終了します。
仕事においても、自社の店舗appを開発し、在庫管理やシフト作成、お知らせ機能などをつくることで、これまで発生していた業務時間を短縮することができています。
本当は、写真を撮ったら在庫が自動計算されて発注まで終了する、というところまで作りたいのですが、まだまだそこまでは作れていません。
業務時間を短縮することで、人間同士の関わりに時間を割けるようになります。
店長は各メンバーと関わる時間をより取れるようになり、スタッフはお客様とのコミュニケーションをより密にできるようになります。
業務の自動化・効率化によってもたらされる真の果実は、「人間にしかできない仕事に集中できる」ということだと考えています。
もしもこれが、AIによって人間同士のコミュニケーションが機械的になるのであれば、それは「AIを使う」のではなく「AIに使われる」という状況で、本末転倒に感じます。
人間の担う役割
人間の担う役割については、多くの人が考える通り、意思決定の責任と個人的なコミュニケーションの2点だと考えています。
意思決定の責任
おまけにも後述しますが、最終的に責任を持って意思決定するのは人間です。
「AIに言われた通り大学を辞めたけど卒業したかった」
「AIがおすすめしたから離婚したけど、あの頃の方が幸せだった」
こんなことが、これから起こりそうな気がします。(おそらくもう起こっているのだろう...)
AIは道具です。AIの指示通りに意思決定して、実行するだけの人間になってしまえば、それこそまるで道具です。
発注数を決める、事業の方針を決める、どんなアドバイスをするか決める、どこに住むか決める、誰と生きるか決める、これらを責任をもって意思決定できるのが人間のカッコよく美しいところだと感じます。
なので、ぜひ意思決定の責任までAIに任せないでほしい、というのが僕の希望です。
"個人的"なコミュニケーション
AIが普及してから、特にコミュニケーションを重視するようになりました。
AI以前において、仕事を効率的に進めることが是であり、そのために事務的で業務的で機械的なコミュニケーションが良しとされてきていたと思います。
しかし、その仕事を効率的に進めることはAIを活用してできるようになるため、人間がフォーカスすべきは、人間にしかできないコミュニケーションです。
人間にしかできないコミュニケーションとは何か。
それは、"個人的"な経験を共有したり、そこから来る人柄を介して関わったりすることだと考えています。
人間には、人格があります。人格は、"個人的"なDNAと経験から構築されます。
DNAは、何百万年と紡がれてきた歴史で、自分しか持っていないものです。だからそれぞれ顔が違うし、声も違うし、性格も違います。
経験とは、生まれてから今日までの学習であり、それが口癖や習慣、思考の癖を作り出したりします。
これらの「個人的なもの」から成る人格や人柄と呼ばれるものを介して、他者と関わることに大きな価値があると思っています。
簡単に分かり合えない他者に理解される喜びや、同じ経験を共有する人との連帯感、こういったものが現状ではAIに代替不可能なものだと考えています。
(ただし、ドラえもんのように経験を個人的に蓄積するAIロボットが生まれたとすると、話は変わってきますが...)
AIと人間のバランス
長くなりましたが、AIと人間のバランスについて簡単にまとめると、以下の分担になると思います。
AI:業務の自動化・効率化
人間:意思決定の責任と"個人的"なコミュニケーション
今後も、個人としても会社としても、AIをフル活用して業務の自動化・効率化をしていきます。
一方で、生まれた余白の時間で、より良い意思決定をするための思考やインプット、また個人的なつながりを他者と築いていくことに集中していきたいです。
おまけ:AIを使うかどうか
「AIを使うかどうか?」という問いについて、「使わざるを得ない」というのが僕の考えです。
ヴィーガン人口も、会社のメンバーも少ないため、この少ないリソースを最も重要なことに注力させられるかが、ミッションを達成できるかどうかに直結します。
そのため、当然AIを活用する業界や企業と対峙する時に、少なくともそれと同等に活用できている必要があると考えています。
一方で、AIが人類にとって良いものであるかというと、懐疑的です。
AIによってフェイクニュースやプロパガンダが加速し、気付かぬうちに人々(僕も含む)の思想をこれまで以上の速度で変化させていくはずです。
もちろん、良い方向へ動かす力はあれど、悪意ある人の影響力を爆発的に上げてしまうことにつながります。僕が最も懸念しているのは、「SNS×AIコンテンツ」の組み合わせによる、悪意のある人による恣意的な思想の操作です。
どうか、本当に正しいか?という観点で全てのコンテンツに触れ、周囲の人々との関わりを大切にしてもらいたいなと、心から願います。
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