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ヴィーガニズムとアニマリズム

NPO法人リブが毎年実施している「動物解放アカデミー2026」に、今年初めて参加してみています。

と言っても、オランダ渡航などでバタついてしまっており、第6回目からギリギリ滑り込ませていただきました。

そんなわけで、今必死に過去回のアーカイブ(丁寧に残してくださり感謝)を見返している中で、印象に残ったことがいくつかあります。

その中でも、「ヴィーガニズムとアニマリズム」については、これまでのモヤモヤとした感情をうまく言語化してくださっており、ブログにも残しておきたいなと思いました。

(今年から、株式会社ブイクックでもスポンサーとして、動物解放アカデミーを応援させていただいております🔥が、僕は個人的に参加しております🙏)

ヴィーガニズムとアニマリズム

まず最初に、「アニマリズム」という言葉。

動物擁護の文脈で使用されるようになってきており、定義が統一されていないため、目黒さんたちは下表にある定義で使用しているということです。

ヴィーガニズムとアニマリズム

ヴィーガニズム

アニマリズム

定義

可能かつ実行可能な限り、食物、衣類、その他の目的のために動物を搾取し、虐待するあらゆる形態を排除しようとする哲学であり、生き方

動物を、倫理的配慮、権利および社会正義の対象とし、生、尊厳および自由を保障すべきであるとする主義であり、動物を社会に包摂するための指針

単位

個人的な倫理の実践

社会正義の実践

方法

個人の選択

社会制度(法令)

テキストや講座を見ての理解として上記の通りですが、間違ってたらすみません。来年、アカデミーに通い直します。

アニマリズムの定義

社会からのノイズで、思想が丸くなる(歪む)

以前、ブログ『もう一度、尖りたい』にも書いた通り、僕はこれまで社会を転がる中で丸まっていました。

ヴィーガンとして生きていく中で、「他人に迷惑かけず自分でやってる分にはいいよね」「価値観を押し付けないで」など、そういう価値観を押し付けられる機会が多くありました。

きっとこれを読んでるヴィーガンの皆さんも経験あるんじゃないでしょうか。

そして、僕がそうだったように、「他人に押し付けずに、自分でやってるだけだよ」などの他所行きの方便が脳みそに染み込んでしまい、本当にそう考えるようになります。

本当は、動物が搾取され、不条理に殺されるのが嫌で嫌でしょうがなくて、それをどうにかしたいと心底願っていたにもかかわらず。

僕は多分、「ヴィーガン」という言葉しか知らなかったから、こうなってたんじゃないかと感じました。つまり、ヴィーガンは個人的な思想であり実践であるため、その定義に社会/他者へのアプローチが含まれていません。

社会を変化させるアプローチ

一方で、「アニマリズム」という言葉があると知ると、間違いなく自分はこっちだと断言できます。人間も含め動物の搾取なんてない方が良いし、なくなる方向で社会を進めていきたいからです。

個人的な実践を超え、社会にアプローチする道も存在するのです。

僕が起業家というポジションや環境だから、ギリギリ意志を保ててきましたが、ヴィーガンの中には、社会からのノイズに意志を削がれてしまう人がいるのを見てきました。

そんな方にとって、希望となる言葉なんじゃないかと感じました。

社会に自分を合わせるのではなく、自分の願いに社会を合わせていくアプローチ。そんな選択肢を取ってほしいと願っています。

終わりに

眠くなってきたので、ここらで終わりにさせていただきます。

NPO法人リブは、僕も個人的にマンスリーサポーターとして寄付している団体なので、ぜひHPなど読んでいただき、共感するようであれば寄付していただければ幸いです。

今後も動物解放アカデミーでの学びがあれば、またブログに書いていきます🥱

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