いっぱい失敗しよう
VSTのメンバーも増えてきた。みんなと話していると、どうやら失敗することへの不安やプレッシャーを感じることがあるとわかってきた。
そんなタイミングで、ふと「いっぱい失敗してくださいねー」と店長候補生として入ってくれた友子さんに伝えたことがある。
ふとした声かけだったけれど、友子さんは覚えてくれていて、たまにその時のことを話してくれる。
確かに、自分の失敗によって、チームに迷惑をかけてしまったら...会社に悪影響を与えてしまったら...他の人にどう思われるか...と感じるものなのかもしれない。
学生起業して、ずっと自分で全ての失敗リスクを背負ってきたので、その感覚は新しい発見だった。
ほぼ100%失敗は免れない
一方で、僕はいっぱい失敗してほしいと思っている。失敗から学習し、それによってもっと大きな成功に繋げてほしいと思っている。
それを伝えることが大切なのだと、起業してから7年目にして気づいた(遅い...ッ!!)。
僕たちはヴィーガン市場かつ東京初のヴィーガン寿司専門店として、前例のない領域にチャレンジしようとしている。
だから、ほぼ100%失敗は免れない。
重要なことは、その失敗の経験を得て、「次にどう活かすか?」ということだと、身をもって体感してきた。そのことをもっと話した方が良いようだ。
僕自身、合計1億円以上の資金調達をして、多くの仲間を経て、何度も何度も失敗し、事業を閉じてきた。本当に未熟で力不足で悔しいが、それが当時の僕の精一杯だった。そしてこれからも多くの失敗を経験することだろう。
しかし、会社を閉じることも、ヴィーガン領域に挑戦することも辞めることはなかった。だから全ての失敗は"学び"に昇華され、今に活きている。筋肉になっている。
”負け”は弱さの証明ですか?
君達がそこに這いつくばったままなら、それこそが弱さの証明です。
- ハイキュー!! 武田先生のお言葉
失敗しない道を選んだら、
では反対に、失敗をしない道を選ぶとどうなるだろうか?
そこには大きな成功はない。
正攻法も前例もない道を歩むなら、何度も転けては立ち上がりの連続だと思う。(実際にこれまでそうだった)
失敗のリスクを避けていては、ミッションを実現させることはできない。それでは今まで通りの世界を受け入れ、死ぬ間際、「やっぱりやっておけばよかった」と後味の悪い最後になってしまうだろう。
そんな人生は望むところではない。やり切って、満足して死んでいきたい。
オレがしりてェのは楽な道のりじゃねェ。
険しい道の歩き方だ。
- ナルト
ごめん。
当然、失敗したら多くの人に迷惑をかける。多くの人にガッカリされる。そして、仲の良かった人を傷つけてしまうこともある。
そんな時は、「ごめん」と謝る。
そして、その気持ちを今でもたくさん持って生きている。申し訳ない。情けない。悔しい。とふと思い返すことがある。「あの時、こうしておけばよかった」という後悔がずっと心の中に残り続けている。
それでも、その後悔よりも、リスクを取らない人生を選択した時の後悔の方が僕には大きく映る。
トライしなかった後悔
こういうことを考える時、中学時代にバスケ部だった頃を思い出す。その頃の僕は、まさにノーミスを選択していた。結果、後悔だけが残った。もっと全力でやればよかったし、もっと全力でぶつかれば良かったという、後悔だけが残った。
二度とそんな思いはしたくない。

そのまま、たいした成績も残せずに引退してした。泣くこともできないことが、何だかとても悲しかった。それから、何でも全力でトライして、トライしなかった後悔をもう作らないと決めた。
- 卒業文集より
許容できる失敗リスクをデザインする
最後に現実的な話を書いて、筆を置きたい。
とはいえ、無境に失敗を許容していては、あっという間に会社は倒産してしまう。
「許容できる失敗リスク」というものは確かに存在する。そして、それを誰にどれほど提供するかをデザインするのが経営の仕事だと思う。言い換えれば、どれだけ大きな機会を提供するか、ということだ。
その時その時の財務状況を前提に、その人の姿勢や能力、コミットメント期間に応じて、機会を割り振っていく。
例えば、10年続けるだろう人には、最初の1年で大きな機会を提供できる。もし失敗したとしても、その失敗から学習し、残り9年で取り返してくれれば全く問題がない。
経営者としてのその見極めと配分を、僕もいっぱい失敗しながらも学習していきたい。
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