僕は、「弱さは前提」という考えが大好きだ。
人生で一番打ちのめされていた時に、僕の心を救ってくれたのがこの考えだった。だからこそ、教訓やモットー、座右の銘なんて言葉よりも、もっと情緒的な「大好きだ」と表現した。
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きっかけの「自己最強感」
最近、同世代の起業家と話す機会があった。
要約すると、「自分たちは最強!メンバーもノリノリ!」という内容の話を聞いて、(なんだそれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!??!?)と心の中で叫んだ。
というのも、僕はこの「自己最強感(?)」を持っておらず、そんな風に話す人がいることを知って純粋に驚き、そして少しだけ羨ましくも思った。
同時に、自分は「自己最強感」を持ったコミュニケーションや組織運営はできないことを悟り、「きっと、この感覚を持ってガンガン事業を成長させて、名実ともに最強になっていく起業家もいるんだろうな」と全く別物の起業家だと捉えた。
「弱さは前提」の自己平凡感
一方、同じような言葉で表現すると、僕が持っているのは「自己平凡感」だ。
僕は、秀でた知識も、ずば抜けたセンスも、有無を言わさぬ実績、他者を圧倒するスキルもない。至って平凡な人間だと自分を捉えている。
自分は平凡であり、特別な力を持っていなくても当然という「弱さは前提」で、物事を考えるようになったのは、この3,4年だと思う。
それまでは、「自分はやればできる」と、無条件で自分に自信があった。
しかし、そんな根拠のない自信も、歳を重ねれば重ねるほど消えていく。「社会はそんなに甘くない」と思い知らされることが増える。
その時に身につけたのが「弱さは前提」の考え方だった。
※ちなみに、弱さは前提というのは、『僕のヒーローアカデミア』の「弱さは前提! 通形ミリオはもう揺れない! あの子が笑えないままなんて そんなの絶対許せない!!」というセリフからお借りしております。
「力不足」によって打ちのめされ
人生で最も打ちのめされたのは、大学1年生の冬、誕生日の2月前後の18か19歳の頃だった。
当時、既にヴィーガンを実践しており、「ヴィーガンを選択しやすい環境をつくる」ことを目指して、僕は大学に通いながら、ヴィーガンメニューを大学食堂に導入する活動をしていた。
結果として、1年弱かけて、大学にある8つの食堂のうち留学生が多い食堂で、ヴィーガンメニューを期間限定で導入し、その後継続的に提供されるようになった。
これだけ聞くと、成功したように思えるが、僕にとっては自分の「力不足」を痛感するには十分な事実だった。
つまり、大学生活の1年弱をかけて、1大学の、それも8つある食堂の1食堂でヴィーガンメニューが導入できた「だけ」だった。僕の人生の1%を費やしたにもかかわらず、だ。
この頃、同時に風邪を引いて体調が悪くなり、同時にメンタルまで持っていかれた。
それによって「自分が人生をかけても、社会は何も変化しないのではないか?」「自分がどれだけ頑張っても、できることなんて限られているのではないか?」と、自らの今の能力と生み出したい社会の変化との間ある、とてつもなく大きな壁を確かに実感し、自分の存在価値を否定されているように感じた。
モラトリアムの渦の中で
思い返せば、あれこそがまさにモラトリアムだった。
何もできないならば、もう全てを辞めにして、何も目指さず何も求めず、ただ自分のできることを活かして仕事をし、十分な給料を得て家族と穏やかに幸せに暮らす、そんな選択をしても良いのではないか。
一方で、その選択をしたくないという気持ちも間違いなくあった。せっかく世に生まれ何かにトライできる環境にあるならば、社会を良くできる可能性があるのならば、世界を少しでも平和にできるのではれば、結果的に無理だったとしても挑戦してみるべきだ、という考えがあった。
モラトリアムの渦の中で、溺れに溺れていた。
生協・賀川豊彦との出会い
それから、たくさんの偉人の本や記事を読んだ。
そこで出会ったのが、「賀川豊彦」という人物だった。宗教家であり、社会運動家である彼を「生協の父」として知った。昨年で100周年を迎えた生活協同組合(コープ)を創設した人物だ。今でも日本の多くの人たちを支える生協を生み出したと考えると、偉大な社会起業家とも言える。
彼の生涯を綴った本を読み、生活協同組合の本を読んだ。
そして、その根本にある考えこそ、僕が求めていた答えだったと鳥肌が立ち、しかもそれを100年前から実践し社会を変えてきた彼を心から尊敬し、本を持つ手が震えた。
「一人は万人のために、万人は一人のために」という思想を中心に、生協は全国に拡大してきた。
これは、たとえ一人の力が弱くとも、一人ひとりが協力することで、大きなコトを成せるという意味だと僕は捉えている。
実際に、神戸に住んでいた時によく言っていたコープ店舗の壁に掲げられていたり、コープこうべのHPに掲載されていたりする。
自分の弱さは、諦める理由にはならない
これは自分の無力さに打ちひしがれていた当時の僕にとって、革新的な考えだった。「自分一人では困難であっても、多くの人が協力すれば実現できる」という思想と、実践による生協の実績は、僕にとって希望となった。
たとえ今の能力が弱くとも、諦める理由にはならないと教わった。
それからは、今できないことは前提に、「どうすればできるようになるか?」という視点で考えるようになった。
自分は弱いが、できないことなどない
これによって、「自分は弱い」と認めることができ、それをすごく気持ちを楽にさせ、次にやるべきことを明確にさせた。
つまり、今弱くても、今できなくても何も諦める必要はない。今できないことは一つひとつクリアして、できることに変えていけば良い。
こう考えるようになって、矛盾しているようだが「できないことなどない」とすら思わせてくれた。
例えば、ブイクックのUIデザインを最初はパワポで作っていたが、今はFigmaで基本的なUIデザインはできる。学生時代はコミュニケーションが苦手でチーム崩壊をたくさんしたが、今はなんとかチームでアウトプットを出せている。
まとめると…
弱さは前提で、「どうすれば強くなれるか?」「どうすればできるようになるか?」と考えるようになったのは僕にとっては大きな前進だったという話でした。
「できること」からではなく、「できるようになりたいこと」から考え、今は困難でも、できるようになるために頑張っていくぞ。
もがきながらも、前進しようとしている皆さん、一緒にやっていきましょう!
おまけ
最後に、好きな漫画のセリフがたくさんあるので、紹介しておきます。
「弱さは前提! 通形ミリオはもう揺れない! あの子が笑えないままなんて そんなの絶対許せない!!」
通形ミリオ(僕のヒーローアカデミア)
「条件はみな同じだと思っているからさ、昨日より、強くなること。」
車谷空(あひるの空)
「”君らしく”なんて曖昧なものじゃない。何やったって変わったって関係ない。君は、どうせ君だよ」
宮園かをり(四月は君の嘘)
「俺は、俺が弱いことをとうの昔に知っている。」
星海光来(ハイキュー!!)
「ところで平凡な俺よ下を向いている暇はあるのか」
田中 龍之介(ハイキュー!!)
「俺たちは無力じゃない。微力だけど無力じゃない。」
朝倉 光一(左利きのエレン)
※元々は、長崎県の高校生が始めた核廃絶署名活動の最中に生まれた言葉らしい。