「生きていてよかった。」

ヴィーガン, エッセイ, 工藤のブログ

僕の人生には、いくつか「生きていてよかった」と思える出来事があった。そして、「生きていてよかった」と思ってもらえるような人間になりたい。

久しぶりのブログ更新は、ただの独り言のような、思想が垂れ流されるような文章になってしまう気がしている。それでも読みたいという工藤のことに関心を持ってくれる、世界でも稀なあなたに読んでほしい。

ちなみに、ここ数ヶ月、とても変化に満ち溢れた日々を過ごしている。1年以上活動を共にしていた人が離れたり、そう思えば強く信頼できる仲間が見つかったり、今後の人生の大きな分岐点を迎えたと言っても過言でもない意思決定をしたり。このあたりは、来年にまた報告できればと思っている。

冒頭で、「生きていてよかった」と思える出来事がいくつかあったと書いたが、それ以上に「生きている価値はあるのだろうか」と悩み苦しんだ出来事がある。特に11歳から16歳までの、思春期や中二病疾患期と呼ばれる時期に、自分の人生の意味を自問していた。ただ、当時の思考力と知識量では問うていただけで、明確な答えを持てていた訳ではないし、もちろん今も仮説しか持ち合わせていない。

生きている意味や価値に疑問を覚えたのは、自らの愚かさや無力さが理由ではなく、世界の汚さからだった。テレビを付ければ毎日誰かが誰かを殺していたし、誰かが誰かの悪口を言っていた。登校中に川を見れば油が浮いていたし、山を見れば空気は霞んでいた。学校の先生は、世界中の木々や生命は死にゆき将来自分たちにその代償が還ってくると言った。なんとなく、この世界は苦しみや不条理に溢れていて、そんな世界で生きていく人生に価値や意味なんてないんだろうなと、思っていたことが当時の日記からもわかる。

書き忘れていたが、ご飯が喉を通らないほど誰かを好きになり、そして振られることもあった。本当にこの世界は不条理だ。

中学生からのファンの女優ののんさん(能年玲奈)が、かんぽ生命のCMで、「人生は、夢だらけ」「誰が何て言おうと、人生は素晴らしい」と言っていたが、そんな人生に夢見ながら、実際はそうではないと思っている。この世界は不条理と挫折と妥協でほとんどが構成されていて、夢は一つあれば十分すぎるほどだろう。思春期を終え、少し俯瞰して見たとしてもその考えは変わらない。

それでも、僕たちは生き続けるし、幸せを求め続けている。それを諦めてしまう人が、中にはいることも知っている。僕が諦めずに済んだのは「生きていてよかった」と思える出来事が、幸せなことにいくつかあったからだった。

中学の頃、警察沙汰の(と言っても本当に下らない)問題を起こしてしまった時に、泣きながら謝罪した僕を、母は無条件に許してくれた。

誰からも理解されることはないと半絶望状態だった高校生の頃に「人は誰からも理解されないし、別にそれでいいんじゃない?」と言いながらも、僕を寛容してくれる優しい友人ができた。

大きな痛みを伴った失恋も、その教訓を活かして改善を繰り返すことで自分の気持ちを受け止めてくれる人がこの世界にいることを知った。

もう少し具体例はあるが、要はこういう時に「生きていてよかった」と僕は思う。そんな機会がたくさんあるこの人生は、確かに素晴らしいのかもしれない。しかし、その背後には罪悪感や絶望、孤独があることは間違いない。

やはり、いつまで経っても僕はこの世界を全肯定することはできないだろう。しかし、この恵まれた環境のおかげで、全否定することもしないだろう。

そして僕は自分の人生を通して、誰かが少しでも「生きていてよかった」と思ってもらえるよう努めたい。そうすれば僕自身ももっとそう感じられるだろうから。

最近は目の前のことに頭を使っていて、しっかりと思考を巡らすことができていなかったが、今日が祖母の一周忌ということもあり、少し考えていることを書き出してみた。結論もない独り言にここまで付き合ってくれたあなたは優しい(もしくは暇な人)。ありがとうございました。