「ビーガンは過激で攻撃的だ」という危険な差別意識について

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こんにちは。工藤(@itllbedark)です。

2年半ほどヴィーガンを続けてきて、たまにもらっていた意見があります。それが、最近になってよくいただくようになってきたので、一々回答するのも大変なので、ブログにまとめておきたいと思います。

その意見というのも、「ヴィーガンは過激で攻撃的だ」というものです。実は、これに似た意見を僕は聞いたことがあります。それは「関西人は話し上手で面白い」というものです。

いやもうほんと、どっちもやめてください笑

ヴィーガンとは?

まずは、ヴィーガンについてサラッとおさらいしましょう。

ヴィーガンとは、簡単にいうと、動物を利用したものの消費を避けるライフスタイルです。例えば、食事でいうとお肉や魚や卵や牛乳、衣類でいうと毛皮や羽毛などがありますね。

理由も様々ありますが、基本的に次の3つが多いです。1つは、動物の犠牲を減らすため。次に、環境への負荷を減らすため(畜産業などは環境負荷が超大きいようです)。最後に、自身の健康や家族の健康のためです。

もう少し詳しく知りたい方は、がっつりまとめている記事があるので、そちらを読んでみてください。

ヴィーガンについてもう少し詳しく知る

ヴィーガンは過激で攻撃的だ

犠牲を減らそう!とかいいながら変なデモやったり犯罪紛いのことやってる人が多すぎるから「ヴィーガンは皆そんなもん」となっていってると思いまし、私も旅行先でヴィーガンのデモに出くわして非常に嫌な思いをしてからみる目変わりました。
そんなに犠牲が犠牲がっていうなら服も着ず、靴も履かず、必要時の医療措置もワクチンも受けずに早く滅んでほしい
過激な方は一部だと思いますがそれを止めもしない人も同罪ですし心底失礼で軽蔑します

上の画像のような意見を、よくいただきます。

こういった方たちと、もう少し踏み込んでお話ししていくと、「ヴィーガンは過激で攻撃的だ」という意見を持つようになった背景がわかってきました。いくつか紹介したいと思います。

「肉屋を襲撃する事件をテレビで見た」

「ヴィーガンの知人の前で肉を食べたら激しく罵倒された」

「街中を歩いていると、ヴィーガンのデモ行進があり不快な気分になった」

「焼肉食べてる写真をSNSにあげたら屠殺場の画像を送りつけられた」

どうやら、このようなアンチヴィーガンの意見を持つ人たちは、過去にヴィーガンを実践する人たちにネガティブな感情を与えられ、「過激で攻撃的」というイメージを持ってしまったようです。

本当に「過激で攻撃的」なのか?

ここからが本題ですが、そもそもヴィーガンは過激で攻撃的な人たちなのでしょうか。

アンチヴィーガン的な意見では「ヴィーガン→過激で攻撃的」となっていますが、これは間違っています。実際に、僕はこれまで500名以上のベジタリアンやヴィーガンと会ってきましたが、ほとんどの人はそうではなかったです。

例えば、肉屋を襲撃したのも、極々一部のヴィーガンです。ヴィーガン全員がそんなことをしていたら、全世界の肉屋が既に破壊されているはずです。「ヴィーガンは過激で攻撃的」ではなく、「ヴィーガンの中に過激で攻撃的な人がいる」というのが正しい表現でしょう。

導入文でも書きましたが、「関西人は面白い」という意見とザックリいうと同じです。一部の関西出身の面白い人が目立っているからといって、全関西人をそう思うは面白くない関西人にとって迷惑だとは思いませんか?

ええ、迷惑ですとも。

差別に繋がる危険な思想

少し、話を大きくすると、「ヴィーガンは過激で攻撃的」という考えは、差別にも繋がる危険な思想だと僕は考えています。

大学の授業学んだ、悲しい事例を紹介します。

イスラム過激派と呼ばれる人たちが、ある国でテロを起こし、大量の人が殺害された。その後、テロが発生した国とは違う国で、ヘイトクライムと呼ばれる犯罪事件が発生する。それは、そのテロ行為を憎んだ人たちによるイスラム教徒の殺害だった。しかし、その事件の被害者はテロとは全く関係もない人物であり、ただスカーフを巻いていただけで、イスラム教徒でもなかった。

まとめると、テロリストと同じ特徴を持っていた、という理由で他国の無関係の人が殺されたという話です。しかも、イスラム教徒でもなかったのは、本当に皮肉な話です。

ここで注目したいのは、「Aという特徴を持った人物への憎しみや怒り」がいつの間にか「Aへの憎しみや怒り」に変わってしまっているのです。

これは他のことにも広く言えることです。僕たちは、これまでの人生の中で作り上げられた無意識のフィルターを通して、この世界を見ています。「イスラム教は危ない」「関西人は面白い」「女性は男性より劣っている」なんて、文字にするとバカバカしいですが、気を抜けば無意識にそう考えてしまう人もいるんじゃないでしょうか。

大切なことは、目の前の個人がどういう人かを見て判断することです。偏見やレッテルを無くすことはできないですが、それを自認し無くす努力が大切だと思います。

まとめます

と、まあ、こんな感じで、差別される立場になって、色々と考え、感じることを書いてみました。

まとめると、「ある人に不快なことがされたとき、その行為を行った個人に対して意見する権利はあっても、その人と同じ特徴を持つ人を攻撃することを正当化する理由にはならない」ということでした。

この記事を読んだ皆さんは、「お前もヴィーガンだから軽蔑する」とか「関西人なんだから面白いことやって」とか、言わないようにしていただけると幸いです。

では、世知辛い世の中ですが、たまには楽しいこともあるし、優しい人もいっぱいいるし、今日も楽しく生きていきましょう。

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✏️ 書いている人

工藤 柊 / Kudo Shu

1999年2月28日大阪生まれ。高校3年生で環境問題・動物倫理からヴィーガン生活を開始。神戸大学国際人間科学部環境共生学科に入学後、学食へヴィーガンメニュー導入、ヴィーガンカフェThallo店長など活動。学生起業しNPO法人設立後、事業拡大のため2020年4月に株式会社ブイクックを創業。夢は世界平和。趣味は恋バナと漫画・アニメ。

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