「ここではないどこか」に期待するのを辞めた、10年前の初めての海外の景色。
大学一年生の頃、初めて海外に行った。たまたま知り合った先輩である太一さん(今でも仲良い友人)がフィンランドに留学するという。
チャンスだと思った。
「ここではないどこか」
話を高校時代にまで戻したい。僕は高校生の頃から、学校の先生になりたかった。詳細は割愛するが、通っていた高校の学力至上主義の仕組みも、生徒に対する教師のスタンスも、何もかも気に食わなかった。抑圧された経験が、僕を「僕がもっと良い先生になってやる」という方向に向かわせた。
北欧といえば、なんとなく「教育がすごい!」という印象があった。図書館で大学受験の勉強をして、休憩時間に『北欧の教育法』みたいな本を読んだりしていた。
きっと俺の高校だけが良くないんだ。
世界にはもっと良い場所があるんだ。
と、「ここではないどこか」に、希望を持っていた。それによって、なんとか大学受験のモチベーションを維持していたのだと思う。
そして大学に入学し、知人がフィンランドに行くというのだ。これは行かない選択肢はなかった。
「フィンランドに僕も行きたいです。泊めてくれないですか?」と、不躾なお願いにもかかわらず、太一さんは「いいよ!」と二つ返事で了承してくれた。
大学一年生の年末年始、冬休みを2週間ほど滞在できるように飛行機を予約した。
物心がついてから初めての海外。初めてのパスポート。初めてのSIMカードの変更。初めての入国審査の受け答え。
全てが初めてで、ワクワクしていた。
きっと何か、今までに体験していなかった素敵なことがあるんだろう。素晴らしい世界が広がっているんだろう。と、期待で胸をパンパンに膨らませた。
「どこにも完璧な場所はない」
ワクワクしながら飛行機に乗り、長いフライトを経て、僕はフィンランドに降り立った。
10年も前のことだから、正確には覚えていないが、もしかしたら飛行機の離陸前に見えるヘルシンキの街並みを見た瞬間から、僕は少しガッカリしていた気がする。
僕の初めての海外での学習は、「どこにも最高の世界はないんだ」という、ネガティブなものだった。
ヘルシンキには、日本と同じように建物があり、スーパーがあった。人々は仕事をして、食事を食べて、うんこをして、寝て、起きてまた仕事に行った。
そして、街には多くはないがゴミが落ちていて、ホームレスの人々が駅の近くに寒そうに座っていて、ほとんどの人が見てみぬふりをして歩いていた。
もちろん、ポジティブなこともある。
到着してすぐ入ったコンビニでヴィーガンサンドウィッチがあって感動したし、建物や景色は美しいものがあった。きっと素晴らしい教育もあったのだろう。
しかし、僕にとっては「良いこともあれば、悪いこともある」というありきたりな学習の一部にしかならなかった。
「どこにも完璧な場所はない」という、ありきたりな小さな絶望感を持って、フィンランドから日本に帰国した。
期待
この考えは、今になっても大して変わってはいない。僕はあれ以降「ここではないどこか」に期待するのを辞めた。
例えば、今日まで滞在していたドイツは、とんでもなくヴィーガンフレンドリーな街だ。どの店に行っても、ヴィーガンを選択でき、スーパーにはヴィーガン商品が多く並んでいる。ベルリンに来るのは2度目だが、やはり感動がある。
しかし、ベルリンの失業率は10%を超えており、バスの中に座っていたり、週末の公園のマーケットでワッフル屋さんに並んでいたりすると、寄付を求めて小さなコップを持ってドイツ語で話しかけてくる。若い人も年配の人も、男性も女性も、だ。一人ではなく、何十回もだ。
また、スーパーにヴィーガン商品が並ぶ一方、やはり肉類や卵などの動物性食品の方が多くの場所を取ってる。未だに、ただフレンドリーなだけなのだ。むしろ、植物性タンパク商品の方が安いにもかかわらず、人々は動物性を選択する、という新たな課題が見つかってしまう。
結局、どこにも最高の世界などないのだ。
キラキラした目で海外に出ても、そこには同じ人間社会があっただけだった。地形や天候など、その環境に人類が一生懸命に適応し、繁殖し、社会を築き、それを維持している。と抽象化して捉えてしまう。
別に、そのことを嫌に思ってはいない。僕はどんな場所、どんな困難にも立ち向かう人間の力強さに美しさを感じる。
しかし、どんなに素晴らしそうな場所にも、暴力や差別、格差、不幸があるという事実を知ってしまっては、盲目的に「ここではないどこか」に目を輝かせることを許してはくれない。
二人の言葉
※ここからネタバレを含むため気をつけてください。
僕はこのことを考えるとき、ある二人のセリフを思い出す。
一人は、エレンイェーガーの言葉だ。
壁の外の現実は、オレが夢見た世界と違ってた…アルミンの本で見た世界と…違ってた壁の外で人類が生きていると知って…
オレはガッカリした
彼もまた、壁の外の世界に夢を見ていた。商人が一生かけても取り尽くせない塩水な海。炎の水、氷の大地、砂の雪原。自由な世界。
それらがないと分かったとき、彼は「ガッカリ」したという。少しその気持ちが分かるような気もする。
この絶望に加え、仲間や故郷が敵の攻撃の危機に晒されている緊急性が、エレンを残酷な結末に向かわせる。
幸いにも、僕の情熱はエレンのそれより少し現実的だと思う。そのため、彼のような破滅的な方向よりも、建設的な方法を選択している。というか、あんな超人的な力は授かっていない。生まれから異なる。
また、もう一人は『惡の華』の仲村さんの言葉だ。
どこへ行っても
私は消えてくれないから
彼女もまた、閉塞感のある町に生まれ、山の向こうに期待し、山のこちら側を否定した。春日との時間は気晴らしにはなったが、それでは根本的な退屈の解決には至らなかった。
最終的に、彼女は退屈を感じる自分自身を消すこと、つまり自死によって救いを求めたが、それも未遂に終える。そして彼女は、退屈(惡の華)とともに生きていく。
一方で、僕は仲村さんのように強い絶望はない。人類やこの世界の素晴らしさ、美しさも知っているからだ。また、仲村さんと違って、僕は自分のことが結構好きで、自己肯定感は十分にある。
「ないならつくる」
では、エレンや仲村さんと違って、僕のこの「ガッカリ」はどこに向かうのか?
「理想の世界は無かったんだ」と仲村さんのように絶望に浸り続けるのも、自ら命を絶つのも、僕には合わない。また、「無いなら全て壊してしまおう」とエレンのように破滅的な考えになるほどの力も持ち合わせていない。
今のところ、「ないなら作る」という未来の方向にエネルギーを向けている。
唯一の救いは、今は理想でなくとも、理想を実現するために努力する人間が、時間や空間を超えて存在することだ。過去の活動家や、他国の社会起業家。彼ら彼女らが僕の救いになっている。
今日も仕事しよう。
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