もしもあの決断が、退屈からの逃避だったとしても。『暇と退屈の倫理学』を読んで
もしかしたら、僕が共感性が低いと言われてきたのは「退屈じゃなかったから」なのかもしれない。
僕は「なんか退屈だ」に耐えられず、決断を続けてきた。その退屈さに向き合うことができなかった。
個人的に、あれは「なんか退屈だ」という言葉では表現し切れない苦痛だった。
当時つけていた日記の言葉を借りて表現すれば、こんな状態だった。
最近は何がしたいかわからない。世界の時間はいつも通り進む中、一人だけ取り残されて、宙に浮いている。胸に大きな穴が空いたように苦しい。
たぶん、それから逃げるために、決断してきた。
受験勉強に専念し、社会課題に傾倒し、ヴィーガンに使命感を持って、起業して毎日忙しなく過ごした。
『暇と退屈の倫理学』にあった「退屈の第三形態」が、まさにこれだった。そして、書籍にもあった通り、「決断」によってその退屈さから逃避した。(とういうか、そうしないと生きられなかった)
その結果、目的を持って自らの人生を進めていくぞ、という英雄のような気分と同時に、それとのギャップ(自分の力不足、世界の残酷さ、他者の不理解など)に、また退屈さに苦しめられた。
だから、自分の習慣や価値観(環世界)を高く高く築き上げた。そして、自分を支えるその世界に固執して、新しい要素を拒絶してきたのかもしれない。
(平均よりは拒絶してない気はするけど)
では、僕のこれまでの人生は、ありふれた人類課題である「退屈」から逃避するためのつまらないものだったのか。
『暇と退屈の倫理学』の結論である、「満足のある"浪費"をして贅沢することで、退屈をうまく気晴らししながら付き合っていく」が出来ていなかった若気の至り、だったのか?
じゃあそこに僕の意志は介在しなかったのか?ただ、そうなることが必然だったのだろうか。
同じDNAに生まれ、その環境に育った人間なら同じ道筋を辿るのか?
僕にとって、それがYESであろうと、NOであろうと、あまり重要ではない。どうでもいい。
あの退屈の苦しさも、課題が山積する社会への絶望も、工場畜産を知らず消費してきた自分への憤りも、活動家や社会起業家の存在に救われた心も、人の優しさに触れた温かさも、他者に理解される喜びも、僕を形作る大切な要素だ。
『暇と退屈の倫理学』の示すところは、「人間は退屈だから、気晴らしで色んなことやってるだけやろ?」という斜に構えた態度の推奨では、きっとない。
「退屈さに飲まれるな」というメッセージだと受け取った。
人間は、退屈さから逃げるために、すぐに苦しみたがるし、すぐに奴隷になりたがる。
そして、それを利用して、SNSのアルゴリズムに焦らされ、世論(みたいなもの)に煽られて、自分の本心に向き合う時間を取れなくなる。
人間に与えられた原動力とも言える「なんか退屈だ」も抱えて生きよう。退屈さは、時に考える機会をくれ、時に背中を押してくれる。
そうして、人類は地球中に足を運び、僕一人の時間軸では考えられないような、途方もない時間をかけて社会を築いてきた。
僕もまたその一員だ。
彼らと同じように、退屈さと共に、社会を前に進めていきたい。
そのためにも、退屈さを利用されないための知識と意識を強く持って生きたい。
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