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見猿聞か猿言わ猿

2024年、妻とまだ結婚する前に、日向東照宮に旅行に行った。その時、初めて「見猿聞か猿言わ猿」を見た。

そういえば、なんとなく言葉は聞いたことがあったが、その意味までは知らなかった。

そこには、建物をぐるりと回る形で、人間の一生を猿に見立てて描かれていた。「見猿聞か猿言わ猿」は、その中の幼少期パートだ。

その説明には、こんなふうに書かれていた。

幼いうちは、純真で周囲の影響を受けやすい。

だから世の中の悪いことは見聞きせず、悪い言葉も使わせず、良いものだけを与えよ。

この時期に、良いものを身に付けておけば、悪いものに触れ(対し)ても正しい判断(行動)ができる。

見猿聞か猿言わ猿の説明

400年も前から、幼少期の体験がその人間の人格に大きく影響することを理解していた。さらに、その教訓を分かりやすく「三猿」をメタファーとして普及させていたようだ。

「人間すっご!」という感想しか出ない。

確かに、友人の子どもと関わる中で、本当にピュアな心でゴクゴクと、周囲から体験を獲得していくことを知った。

ご飯を食べた時に、僕が「うっまぁ!」と言うと「うっまぁ!」と真似をするし、「わぁお…美味しい…!」と言うと「わぁお…美味しい…!」と復唱する。

物を投げているのを見れば投げるし、大切にしている様子を見せれば丁寧に物を扱うようになる。

まさに「見猿聞か猿言わ猿」の教訓の通りだ。

つまり、身を置く環境を選択することで、自ら人格をデザインできるということだと思う。

これは大人になっても当てはまると思う。

  • どんな友人や同僚と一緒にいるか?
  • どんなコンテンツを目に入れるか?
  • 自分がどんな話をしているか?

例えば、否定的な同僚ばかりならネガティブな思考になるだろうし、攻撃的なコンテンツを見れば攻撃的な気分になるだろう。

反対に、肯定的な言葉をもらえる環境なら、自分自身を受け入れやすい。前向きなアニメを見れば、ポジティブな気持ちになったりする。

自分の人格をどうしたいか?という方向性を定めて、そこに近づくことができる環境に自らを置くと良い。

「置かれた場所で咲く」のではなく、「咲きたい場所に置く」が、自由の多い現代日本においては、良い考えなんじゃないかと思う。

そんなことを考えながら、暖かくなってきた春の朝を歩き、タリーズコーヒーにたどり着いた。