【真っ黒な世界で生きる】苦しみで溢れたこの世界に見出した、たった1つの希望

工藤のブログ

こんにちは、工藤(@itllbedark)です。

久しぶりの投稿にして、大分と暗い内容になってしまうかもしれません笑

 

この記事を読んでくださる方は、僕たちの生きるこの世界についてどう思っているでしょうか。

 

僕は、悲しみや痛み、苦しみが溢れた本当に真っ黒な世界だと思います。

 

だから、こんな世界に嫌気がさして自殺してしまう人の気持ちも少しわかります。

汚い感情が生まれて、憎しみを抱く人の気持ちもわかります。

 

でも、それでも生きてみたいと思える希望を見つけた、そんなお話です。

 

 

人間への失望と、憎悪

「死んでしまえばいいのに」と他人に殺意を持ったことがありますか?

工藤は、2回あります。

 

一度目は高校三年の夏休みです。

受験勉強を図書館で毎日して、友達は夏期講習に行っていたのでずっと一人でいた時のこと。

テレビで戦地の特集があり、子どもたちのことが語られていました。

彼らは、今を生きることに文字通り命がけだということを知りました。

 

そこで、質問をしたとのことです。

「将来の夢はなんですか?」

この質問に、答えられない子どもたちがたくさんいたということです。

理由はもちろん、将来のことを考える余裕がないからです。

そして、将来への希望を持つことがないまま、殺されてしまう子ども達がたくさんいるということでした。

 

一方、日本人でも同じ質問に答えられる人が多くないように思います。

「将来の夢がない」

「何をしたいのかわからない」

こんなに選択肢が溢れ、将来を考える余裕のある生活を送っているのにです。

 

僕は、そのテレビを見た後で図書館に行き、いつものようにヘラヘラとどうでもいい話をする大学生を見て、その感情を持ってしまいました。

「こいつらが死んで、あの子達が生きられればいいのに」

今思えば、誰かと話すこともなく一人で勉強していたので人格歪んでたのは間違いないですが、

他者へ殺意を持ったのも、間違いないことでした。

 

 

二度目は、これも高校三年の秋の話です。

もしかしたら、知っている方も多いかもしれませんが、ぺちゃんこの猫を見たときです。

高校三年の秋に、同じように図書館で勉強して夜の10時頃に家へ向かって自転車をこいでいました。

 

そこで、ぺちゃんこの猫を見つけました。

 

その猫は、何度も何度も車に轢かれていて、近くで見ないと猫だとわからない姿になっていました。

今でも道路にタオルが落ちているだけで動悸がするほどのショックを、高校生の工藤に与えました。

 

「どうして猫が出てきたことに気がつかなかったのか」

「どうして猫を轢いてすぐに対処しなかったのか」

「どうして誰もぺちゃんこになるまで何もしなかったのか」

「どうして、何も悪くないこの猫が命を奪われなければならなかったのか」

 

どうして、どうして、とこの世界の理不尽に悲しみ、人間への失望、そして憎悪までも抱きました。

その猫の代わりに仇をとってやると、全人類に対する殺意まで抱いていたと思います。

 

そこから帰って調べてみると、一年間で8万匹の動物が日本の保健所で殺処分されたり、畜産業によって比べ物にならない数の畜産動物が殺されているという事実を知り、僕はヴィーガンになりました。

 

 

それ以外にも、学校の授業でも習っていた、多くの環境問題や紛争問題、飢餓、奴隷制度や労働問題、様々な問題ばかりのこの世界に嫌気がさしていました。

自分のため、自分のためと、利己的に行動し、他者を苦しめ将来世代に負担だけを残し続ける人間に失望していました。

 

真っ黒な世界に、生きる意味を見出せずに、ただただ生きていました。

 

 

見出した、たった1つの希望

そんな状態でしたが、絶望しながらも活動はしていました。

きっと少ししか変わらないだろうけど、自分にできることはしよう、と。

フードロスに対する取り組みや、農家さんの援農、食堂へのヴィーガンメニューへの導入サポートなど。

 

でも、活動を続けていくと、結構いい人がいるんですよね。

優しくて、工藤の事を受け入れてくれて、大切にしてくれて、笑顔を向けてくれる。

 

それで思いました。

「あ、人間捨てたもんじゃないな」

多分工藤は単純な人間なんですよね笑

 

思い返してみれば、たくさんの捨てたもんじゃない場面がありました。

母親が毎日作ってくれていたお弁当や、「いってらっしゃい」の言葉。

毎日、無償で子どもたちを見送るみまもり隊のおじいさんおばあさん。

悪い事をしたら涙を浮かべて本気で叱ってくれた中学の時の先生。

猫が倒れているのを見つけて躊躇なく道路に飛び出した友人。

工藤の悩み事に真摯に向き合って相談に乗ってくれる先輩。

他者の為にライフスタイルを変えたヴィーガンの方々。

社会を良くしたいと活動し続ける大学の仲間。

 

捨てたもんじゃない、と工藤が希望を見出したのは人々の「他者への思いやりの心」でした。

愛や慈悲など色々な表現があると思いますが、この利他的な精神に大きな価値を感じるようになってから、希望を持って楽しく生きることができるようになりました。

 

そして、この思いやりの心を持つ人が増え、それを自分のできる範囲での行動に移すことになれば、世界も平和になると本気で思えるようになりました。

だからこそ、まずは思いやりの心を持つ優しい人が幸せに生きられる社会にしたい。

その優しさが伝播して、苦しみや悲しみばかりのこの世界で、より良い方向にみんなで進んでいきたい。

 

そんな優しい世界で、大切な人たちと鍋を突いて、大笑いして夜を明かすような、そんな人生を送りたいなぁと、夢を見ています。

 

終わりに

ということで、苦しみだらけの真っ黒な世界で見出した希望の話でした。

 

優しい人ほど、他者の苦しみや悲しみに共感し、苦しい思いをすることが多いと思います。

ネガティブな事実を知ることはとても大切ですが、ぜひポジティブな面も見出して、幸せに生きて欲しいと思います。

 

優しい人が幸せに生きられる社会を目指して、これからも頑張ろうと思います。

    工藤のブログ